土木デザイン設計競技 景観開花。2016

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大日本コンサルタント株式会社

「美しく魅力ある国土の建設と保全」「安全で快適な住まい環境の創出」を企業理念とする当社は、創業以来50有余年、数多くの社会資本を計画・設計しています。橋梁分野国内シェア1位を誇る当社は、他分野の設計・計画においても人々や構造物を取り巻く環境を考慮しています。

また、景観デザインの専任部署が主要案件に係わる仕組みも、30年近い実績を重ね、多くの受賞をしています。多岐分野の技術者がプロジェクト毎にチームを組み、様々な要請を形にし、末永く美観が維持される合理的なデザインを追求し続けています。

ここでは、3つの当社参画事例、「地形を活かしたまちづくり」「歴史を活かした都市内遊歩道」「自然を活かした道づくり」をご紹介します。

「地形を活かしたまちづくり」 ― 狭山スカイテラス ―

狭山市駅西口地区は、駅から入間川に下る河岸段丘の地形を活かした広がりある総合的なまちづくりを行い、平成24年に完成しました。

以前の狭山市駅周辺は、長年にわたり土地の有効活用が図られておらず、狭く入り組んだ道路に人、車やバスが錯綜し、特に朝夕の混雑時は大変危険な状況でした。まちづくりでは、駅前に面積約7,400平方メートルの駅前広場とそれに続く面積約4,000平方メートルの市民広場をつくり、駅からこれらの広場をつなぐように歩行者専用デッキを設けることで、人と車を分離した安全な空間としました。

河岸段丘の高低差については、大小のさまざまな広場をゆるやかな曲線の歩道でつなぐことで歩行時の負担を軽減しています。広場は毎年8月には狭山市入間川七夕まつりの会場として市民が集うイベントに活用されています。また、夜間は暖かい光と川のような景観照明によって人々の帰りを迎えているような演出となっています。

「歴史を活かした都市内遊歩道」 ― 汽車道 ―

桜木町駅と赤レンガ倉庫をつなぐ汽車道は、現在では多くの人が行き交う遊歩道となっています。汽車道の名前の由来となった線路やトラス橋は、明治44年から昭和62年まで横浜の発展を支えた臨港鉄道の軌道敷を利用し復元整備したものです。臨港鉄道のプラットホームも赤レンガパーク内に整備・保存されています。プラットホームと汽車道との軌道の連続性を確保するため、「ナビオス横浜」の建物下には開口部が設けられ、公共空間における景観軸の形成に配慮した設計となっています。

護岸には実生で育った既存樹を残すとともに、エンジュやオオシマザクラなどを新たに植栽しました。季節によって変化する海や空と木々とが織り成す色彩が訪れた人の目を楽しませています。また、歩くだけではなく腰を下ろしたり寝転んだりできる園地を配置しています。列車が走っていた当時を知る地元の方、観光で訪れた方にも快適な海辺の散歩道として利用されています。

土地に残る歴史的資産を極力保存することを基本とし、歩道という新たな価値を与えて活かすことで後世に残し、訪れた皆さんが往時の面影に触れることができる空間となっています。

「自然を活かした道づくり」 ― 志賀ルート ―

平成10年に開催された長野冬期オリンピック・アルペン競技会場であった志賀高原と上信越自動車道信州中野ICを連絡する志賀ルートは、国立公園特別地域内であったため、自然環境との調和を見据えた事業計画が策定されました。

志賀高原の自然環境は、豊富な水源とそれを基盤にした原生自然にあります。この生態系を根底で支えている有機物や微生物を最も豊富に含む表土は、1cmできるのに100年から400年かかるといわれます。工事の際には、まずその表土を丁寧に採取・保管し、これを新設法面に移すことで自然の復元力に期待しました。また、工事で発生した自然巨石を日本の伝統技術である石積み工法で積み、その巨石のすき間に動植物が生育することで、この土地本体の生物相が時間をかけて復元するようにしています。そして、道路周辺に生息する動物たちの環境を守るため、極力土工構造による地域の分断や地形改変を避け、橋梁・高架構造やトンネル構造とすることで動物の生息環境を保全しました。また、やむを得ず動物の移動経路を分断する箇所には専用のトンネルを数ヶ所に設置し、動物の移動に配慮しています。

現在の志賀ルートにある巨石の石積み、トンネル・橋梁高架は草本類に覆われ、徐々に木本類も顔を出してきており、通行した際には緑の中を走るような感覚になるかもしれません。自然環境と私たちの生活環境との調和は、時間の経過とともにゆっくりと築かれています。